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【 じっくり映画館 】No.12

アンジェラの灰


1999年  アメリカ/アイルランド  145分
監督 アラン・パーカー

出演
エミリー・ワトソン、ロバート・カーライル
ジョー・ブリーン、キアラン・オーウェンズ
マイケル・リッジ、ポーリーン・マクリン

  ストーリー
 世界中に不況の嵐が吹き荒れる1930年代。ニューヨークで出会い結婚したマラキ(ロバート・カーライル)とアンジェラ (エミリー・ワトソン)は5人の子供に恵まれる。しかし、生活は苦しく、生まれたばかりの娘の死を機に一家で故郷のアイルランドに 戻ってくる。
 アンジェラの実家のあるリムリックに腰を落ち着けるが、マラキは仕事がなく酒浸りの日々で、極貧の暮らしは変わらない。長男 フランクは、子どもを守るために必死に頑張る母を健気に手助けする。
 やがて父マラキはイギリスへ出稼ぎに出かけるが、家族の待ち望むお金は届かない。フランクは学校に通うかたわら、石炭運びの 仕事を始めるが・・・。世界的ベストセラーとなったピュリッツァー賞受賞のフランク・マッコートの同名小説を映画化。

  ふた口感想
 「子どもの頃を振り返るとよく生き延びたものと思う」というナレーションでこの映画は始まる。それほどに主人公の置かれた 貧しさはすさまじい。
 これはピュリッツァー賞を受賞したフランク・マコートの同名の自伝を映画化したものだ。フランクの少年時代である1930年代は 世界的に大不況に襲われた時代で、日本でも東北地方などで娘の身売りが珍しくなかったし、同年代が舞台の映画、『クレイドル・ ウィル・ロック』でも大恐慌下のアメリカの様子が描かれている。

 1935年。失業し、そのうえ生まれたばかりの子を亡くした両親は、5才のフランクを頭に4人の子どもを連れて、ニューヨーク から母アンジェラの故郷アイルランドの南西部に帰ってくる。出迎え た母の身内の視線は冷たい。父が北部者で、おまけに呑んだくれの 碌でなしだからだ。
 父はあいかわらず職がない。わずかな失業手当ても呑んでしまい、子どもたちはいつも空腹だ。飢餓すれすれの生活のなかで幼い 双子の弟が次々と死んでいく。打ちひしがれてベッドに横たわったままの母。そんな中でもまた新しい弟が次々に生まれる。
 母は路上に落ちた石炭を拾い、教会で神父たちの食べ残しを貰い、慈善協会に施しを乞う。母アンジェラに扮するのは演技派女優と して地歩を固めつつあるエミリー・ワトソン。貧しさに押しひしがれながらも、子どもへの愛情を失わず、生活と闘い続ける母の姿を 演じきっている。

 主人公のフランクは年齢に応じて3人の子役が演じているが、とくに5、6才の頃を演ずる子役(ジョー・ブリーン)が印象深い。 ぷっくりした頬に負けん気な眼をして、懸命に母の手助けをする。空腹のせいだろう、泣き喚いてばかりいる弟たちをタライで洗って やる丸く幼い手が、なんともいじ らしい。
 降りしきる雨のなかを母の曳く荷車を必死に両手で支え、下町のアパートへ移るフランク。慈善協会で辱めにうなだれる母の傍らで 昂然と頭をあげて立つフランク。母の苦しみと悲しみを共有しようとする幼い姿に胸が締め付けられるようだ。

  父がやっと職にありつく。アンジェラがいそいそと夫のネクタイを直してやるシーンはなぜか哀しい。家族の晴れがましい幸せが 少しでも長く続きますようにと、祈る気持ちになる。
 しかし案の定父はその日の手間賃で酔いつぶれ、たった一日でくびになってしまう。一生懸命生きようとしているのに、どうしても 酒に溺れてしまう父。だらしない男だけど、陽気で優しくて、面白い話をたくさん知っている父がフランクは好きだ。男の弱さと 哀しさを、今もっとも旬(しゅん)の俳優ロバート・カーライルが全身で演じている。

 そんな暮しのなかでもフランクは学校に通い続ける。やたらに体罰を加える教師もいるが、「どんなに貧しくても、君たちの心の なかには宝物がある」と素晴らしい授業をする先生もいる。
 友だちと取っ組み合いの喧嘩をし、映画館に潜り込んでは映画に熱中し、シェイクスピアに心酔する。そこにはどんな悲惨な境遇にも 押し潰されない瑞々しい子どもの世界がある。


 父はイギリスに出稼ぎに行く。父からの送金を待つ日々。しかしなにも届かない。
 フランク(キアラン・オーウェンズ)は学校に通う傍ら石炭運びの仕事を始める。もうもうと石炭灰が立ち、フランクの眼を直撃する。 それでもシャベルを振るって石炭を馬車に積み、配達するフランクの姿は生き生きしている。一人前に稼いでいる、もう大人なんだと いう思いが少年の胸を膨らませているのだ。
 しかしこの仕事はすぐ終わりを告げる。重症の結膜炎で失明の恐れが出て来たからだ。

 約束のクリスマスの日、父は無一文で家にもどる。甲斐性のなさに怒る母。父はその日のうちにまた家を発つ。
 後を追うフランクを父は振り返り、「帰れ」という。立ち去る父の姿をじっとフランクは見送る。この日を最後に父はもうもどっては来なかった。
 このシーンは俳優たちの抑制の効いた演技で坦々と綴られる。それだけにとりわけ心に残り、悲しい。

 家賃が滞り一家はアパートを追い出され、やむなく母のいとこの家に厄介になる。粗野なこの男は暴力を振るい、母の肉体までも 欲望の処理に利用する。なかでも見ていてつらい思いになるのは、便器の汚物を毎日フランクが始末させられることだ。こぼれない ように便器代わりの鍋を捧げて表に出ていくフランク。彼の惨めさを思うと哀れでたまらない気持ちになる。
 15才になったフランクはとうとう家を出てパット叔父の元に身を寄せる。貧しさはここも変わらない。しかし学校の先生は彼の 才能に注目し、「自分のしたいことをしなさい。アメリカに行くんだ」と、将来への希望を与えてくれる。
 学校を卒業したフランク(マイケル・リッジ)は電報配達人として働き出す。これまで一家に冷たかったアギー叔母(ポーリーン・ マクリン)が借金をしてフランクに仕事用の服を買ってくれる。邪険な態度を取っていても、身内としての愛情は失われていなかった のだ。心がほっと温かくなる。
 仕事に励み、初めての恋を知り、フランクは成長していく。

 とうとうアメリカに出発する時が来た。人々と別れを惜しんだ後、街灯の下に佇むフランクの前に幼い頃の彼の幻影が現われる。
 5才のフランク、12才のフランク、ふたりのフランクが寄り添うように立ち、19才の今のフランクを見つめる。まるで旅立つ彼を 励ますようだ。
 見つめ返すフランクの顔には微笑みがある。生き延びてここまで来た。この生活を抜け出し、いつか母や弟たちを楽にしてやろう。 そんな決意の微笑みに見え、感無量の思いになる。
 すさまじい貧窮の物語だが爽やかな後味が残る。それはどんな環境にあっても子どもは内にまっすぐに伸びようとする芽を持っている ことを、そして父も母も懸命に生きたのだということを、この映画がしっかりと語っているからだろう。
  【◎△×】8

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