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【 じっくり映画館 】No.1

嘘の心


1999年  フランス  113分
監督 クロード・シャブロル

出演
サンドリーヌ・ボネール、ジャック・ガンブラン
ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ
アントワーヌ・ドゥ・コーヌ
ベルナール・ヴェルレイ、ビュル・オジエ

  ストーリー
 教え子の少女殺人事件に巻き込まれた夫婦が、互いの“嘘”に気づき、危うい感情の淵に落ち込んで苦悩する姿を描いた心理ドラマ。 ブルターニュの小さな町で、脚の悪い画家ルネ(ジャック・ガンブラン)は子供のための絵画教室を開いている。妻ヴィヴィアンヌ (サンドリーヌ・ボネール)との静かな暮らしに、ある日思わぬ事件が波乱を引き起こす。自宅に近い森の中で、絵画教室に通う10歳 の少女が絞殺死体となって発見されたのだ。新任の女性警部ルサージュ(ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ)は、少女の最後の目撃者ルネ を捜査対象にし、人々の疑惑の目が彼に集中する。夫のことで苦悩するヴィヴィアンヌに、人気作家のデモ(アントワーヌ・ドゥ・ コーヌ)が接近し、夫婦の間に少しずつ溝が深まっていった。そんな中で、第2の殺人事件が起こる。

  ふた口感想
 フランス、ブルターニュの小さな田舎町で画家ルネと訪問看護婦ヴィヴィアンヌは平穏な日々を過ごしていた。売れない画家のルネは やむなく子どもたちに個人授業で絵を教え、生計の大半はヴィヴィアンヌが支えていた。ある日生徒のひとりエロイー ズが教室の帰り途、林のなかで絞殺死体で発見された。10才の少女はレイプされていた。
 少女の最後の目撃者としてルネに疑惑がかかる。「僕はいつも選択を誤り、そのことで落ち込む人間だ」というルネ。彼はすでに芸術 家としての誇りを喪失し、妻に生計を頼る負い目を持っていた。そのうえ容疑者としての苦しみを背負う羽目になる。そんな夫をヴィヴ ィアンヌは明るいしっかりした態度で支えている。それは妻と夫というよりは母と子の関係を連想させる。

 小さな町で起きた衝撃的な事件は否応なく人々の想像をかきたて、疑惑と噂が交錯する。ルネの生徒は減る一方だ。そんななかスター 作家デモが夏を過ごしにやって来る。思わせぶりに近づくデモにヴィヴィアンヌもついつい愚痴をこぼしてしまう。
 デモはハンサムで程よい大人の男の色気をもっている。ヴィヴィアンヌがふとデモとキスを交わしてしまうのも、成熟しきらない夫を 懸命に支えることに疲れを感じていたからかもしれない。デモ役の俳優はジャーナリスト出身ということだが(これは掛け値なしに、 ほんとに美男子!)、世慣れた男の自信と軽薄さを絶妙のバランスで演じている。
 そんな妻の心の揺らぎを感じながら、ルネはなにもいわない。犯人かも知れない夫、不倫をしているかも知れない妻、ふたりの心の それぞれの嘘・・・。

 画面はさまざまな青で染め上げられている。林の緑がかった青、息苦しいまでに立ち込めた夜霧の暗い青、海辺の大気を染めた薄い 青、なかでもキッチンから見える庭の青は、ふたりの心に秘めた嘘を示すようにひんやりしている。青は心を隔てる「嘘」の色だと感じ させられる。
 ただ一つ燃える情熱を示す青がある。ヴィヴィアンヌがデモに勧められて買った真っ青なワンピースだ。ビロードの柔らかな布地が ヴィヴィアンヌの肢体を包み、官能的だ。


 レンヌの友人からふたりに招待の手紙が届く。間際になって、ルネは逃げたと思われるのは嫌といって、行かないと言い出す。 ヴィヴィアンヌが「私にそばにいてほしい?」と聞き、さらに3日の予定を2日にして帰ると告げるが、ルネはそのつど「君の好きに したらいい」と突っぱねる。それでいて見送りにいった駅で、動き出した列車の妻に子どものように縋りつき、抱き締める。たった2日 の別れというのに。未熟で屈折したルネの心情が、否応なく印象づけられるシーンだ。

 この旅行でヴィヴィアンヌはデモとベッドを共にする。情事のあとヴィヴィアンヌはあの青いワンピースを身にまとう。一方留守宅の ルネは、こちらに背を向け顔の見えない男に全裸を曝した妻の絵を完成する。男はヴィヴィアンヌに青いワンピースを差し出している。 帰宅した途端、居間の壁に飾られたこの絵を眼にし、ルネの非難と悪意の綯い交ぜになった視線を感じるヴィヴィアンヌ。それでも ふたりは何ごともないように抱き合う。

 絵の修復をルネに頼んだデモをふたりは湖畔のコテージの夕食に誘う。その夜はことさらに霧が深かった。ワインを飲み過ぎたデモを、 ルネがモーターボートで送ることにする。翌朝デモの水死体が見つかる。再び疑惑の眼に曝されるルネ。
ルネを演ずるジャック・ガンブランは『クリクリのいた夏』とは一転した暗いおどおどした表情と、足に障害のある頼りなげな風情で、 傷つき易いルネの心を表現して印象深い。
 事件を捜査する新任の女性警部を演ずる女優も心に残る。一見おっとりした外見のしたに骨太な芯の強さを秘めて、じわじわと事件の 真相に近づいていく。


 やがて少女絞殺事件の重要参考人として、地元の事情に疎い警部に町の噂を伝えては、ルネへの疑惑を注ぎ込んでいた初老の女性の夫 が浮かび上がる。彼は数年前から性的不能に陥っていた。それだけでなく彼は小児性愛者だったのだ。妻はそれを 知っていた。エロイーズの強姦死体が発見された時、彼女は夫への疑いをだれよりも早く胸に秘めた筈である。
 「しょうがなかったの。私は妻でなく母親のようなものだもの」「何年一緒にいたって本当のことは分らない」。真実を知りつつ覆い 隠す彼女の言葉は恐ろしい。

 ルネとヴィヴィアンヌの嘘は日常のなかに砂粒のように撒かれ、徐々にふたりの心の隙間に積み重なっていく。しかし、この女性の 嘘はもっと深く濃い闇のなかに沈んでいる。
 デモの死は殺人なのか事故なのか、判然としないまま、余韻を残して映画は終わる。
 ヴィヴィアンヌ役は、『冬の旅』で10代にしてすでに人生に絶望した少女を演じて強烈な印象を残したサンドリーヌ・ボネール。 母性的でありつつ時に心の揺らぎを垣間みせ、その抑えた演技は映画を引き締まったものにしていた。
  【◎△×】7

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